2012年5月24日 (木)

気持ちのままに

これから父さんの終末医療をどうやって支えていくか

これがこれからの母と私の毎日になるはずだった。

余命三ヶ月から六ヶ月、もっても一年。

だから、父さんが何をどうしたいかを一番に考えて。

父さん自身もこれからの時間を考えていた。

だから父さんが注文していた野菜の苗が

父さんが亡くなってから届いた。

祖父母の暮らしていた家の裏庭に苗を植えて

「おまえが世話して、収穫したらいい。」って言ってたね。

父さんが亡くなってから一ヶ月半。

裏庭は小道も見えないぐらいに一面のドクダミ。

今日はとにかく小道が分かるように

ひたすら草抜きをして、やっと庭の奥までたどり着けた。

そこは山肌まで、ぎっしりのブライダルベール。

思いは小学校。

夏の絵の宿題に六年の時になぜか家の鉢植えを描いた。

それが沢山の花をつけたブライダルベール。

父さんが持ってきたのかな。

どんな庭にしたかったのかな?

何も聞けてなくって悔しい。

父さんの気持ちになって穏やかに向き合ってみよう。

まだまだ涙は涸れないみたい。

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2012年4月11日 (水)

長く感じた時間の流れなのに早かった一日

今日は自分の病院。

いつもの特例週二回診察の曜日と異なり

今日はストレス外来の診察日とかち合った。

だから30分と短く、でも割り切って診察を終える。

気晴らしにイベント参加を誘ってくれたお店に行く。

お互いの近況を話し合い

そろそろオイトマしようとすると母からの電話。

「今、医療センター。父さんの容態が急変し

心肺停止なの。」

なんで?昨日一緒に病院に行ったじゃない?

昨日の電話で言いかけてやめた言葉って何?

まだ、私なにも父さんに伝えられてないよ。

これからじゃないの?

だめだよ。父さん。逝っちゃだめ。

到着っすると、緩和ケアーのDr。

「今、蘇生をERでしていますが、

戻ることはないと思います。」

自分は「お父さんに会わせてください!。」と言っていた。

Drは「医療従事者でもショッキングな光景ですが大丈夫ですか?」

自分はそんなことより、全て終わってしまって対面なんてイヤだった。

とにかく父さんに会いたいの一心だった。

父は目は開いていても視線は合うことはなく

そうかんされた口を大きく開けていた。

どんなに肩をゆすってもゆすっても

なんの反応もない。

Drが亡くなった時間を告げる。

とにかく言葉にならない気持ちをこめて

父さんを呼ぶ。

父さん、私は父さんにとってかわいい娘でしたか?

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2012年4月 7日 (土)

どうあがいても

もう何がどうなってるのか分からない状態。

父は末期だって。

なのに母は空回り。

ふたりの間のやじろべえ役にはもう疲れた。

なんとか乗りこなしてこれたのは

週二回の主治医の診察。

今まで30分だったのに気がつくと小一時間は見てくれてる。

ほんとうに有難い。

でももう時間を塗りつぶすように動く自分がいる。

生活は壊れてる。

親の前では気力で乗り切れても

後の時間は家にも帰りたくなくて

ぼーっと時間を車で過ごしたり。

これからどれくらいの時間父との失われた親子関係を

伝えていくかが自分の課題。

それもラストチャンス。

父さんのことをスキだったこと。

不仲な夫婦の間で子供の自分がどんな努力をして

父との関係を築こうとしていたのか。

母がいると言えないし、歪んだ自己愛の母には

自分への当て付けにしか感じさせないだろうし。

みんなで心をひとつにしてとか絵空事。

おまけに統合失調の叔父の世話をしていた父の代わりが私。

動けるのは、もう自分しかいないんだもの。

大丈夫!と言いつつ息切れ感は否めない。

もつかなあ?

自分を取り戻すために能動的に動こうと決めた自分。

のあとに怒涛の展開。

夫婦関係は壊れてるから家の時間は息が詰まる。

自分が頼ってる主治医に自分がかなり依存気味なのは分かってる。

でも、そこを取っちゃうと自分はもう立ち行かない。

今日一度落ちたけど、自分の心の声を信じてこなしていくしかない。

まだ一ヶ月。

とっても時間の流れが遅い。

苦しいからなんだろうな。

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2012年3月20日 (火)

今のわたし

今日から週に二回診察となった。

もう日々自分を立て起こさないと

どうにもならない毎日。

今までの不安や恐怖、胸の鈍痛なんて比べ物にならない。

診察前に血圧と脈拍を測って紙が出てくる機械で測ってみる。

血圧も軽く要注意だし、脈拍は運動の後みたい。

まあ、スクランブル体制だからしかたないか。

時系列をたどって書いてみようかな。

今度の木曜に父の病気の告知があるまでは

たぶん現状維持だと思うから。

ちょっとだぶってるけど自分の気持ちも整理したい。

とにかく今に結論を出したかった。

同じことの繰り返し、同じ景色。

気持ちを吐き出してすっきりすることは無かった今回。

思わず握ってた。

その最悪の仲裁は父からの電話だった。

前日に血栓が一時的に出来て倒れたと。

もう、体調的に無理だった父。

とにかく相方との話は中断、延期に。

父の体、これからの叔父の日々を考えると

結論はひとつしかなかった。

でも父は受け入れてくれなかった

家を出るときは初めて、親でも子でもないと思った。

もう自分をとどめる理由はなくなった。

だから突発的にではなく計画的に実行。

でも生きている自分。

また同じ毎日なんだろうな。

通院して薬飲んで、何かで気持ち埋めてやり過ごす。

軽い気持ちで病院へ。

主治医の対応は私のとは違ってた真剣だった。

あの時から自分の意思で生きると思いたい

自分の気持ちに気づかせてもらえた。

自分でこれからを変えたいと思えた。

でも、私を取り巻く状況が許してくれなかった。

それからの四日間は怒涛の展開。

目まぐるしく変わる状況。

とにかく自分が冷静に周りを支えないといけない

それも同時に何人もの生活。

切れそうな糸をつなぐような感覚で

気を許すと確実に自分が崩れ落ちそうな。

でも、自分が倒れたらまわりはどうなるの?だけで駆け抜けた。

全てがひとつ階段を進めたように思えて

明日は診察と心理面接、

そして父の思いもよらない体の変化を受け止める一日。

思ったのは「無理。」だった。

あと少ししか実行に移す時間が無い。

なんで終わりに出来ないの?

終わりには結局出来なかった。

今を受け止めて、今を生きるしか私には選択肢はないみたい。

それが今の私。

だったら燃え尽きるまで生きよう。

この気持ちにうそはない。

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2012年3月 7日 (水)

ぐさりと刺さる言葉

今日の診察、なんとか一連の話をしてみた。

自分にとっては死と闘うのは日常茶飯事。

軽く(軽い内容ではないが)話してみた。

答えは「そんな風に薬を使うなら、薬は出せない。」

「このまま返すのは危険だから入院する?」だった。

予想外のキツイ言葉。

こんなにハッキリ言われると・・・。

「ちゃんと約束できる?」

「分からない・・・。」

「じゃあ、出せないし、返せない。」

ひとまず待合で待たされる。

相方に連絡してホローの間、もういちど問診。

幼少の頃から、今までの断片の話をする。

もちろん号泣しながら。

嗚咽に変わると先生は

「よく、これだけいろいろあって今まで生きてこれてよかった。」って。

もう、思い出すと涙がでる。

よくある三分診療とは違い

診察時間を越えてケアーをしてくれた。

帰りの運転はだいじょうぶか?

いろいろ心配してくれた。

人の命をあずかる仕事、

この先生に出会えて本当によかった。

ありがとう。

先生に書いた遺書も渡した。

これから死と闘う毎日は先生への恩返しに。

笑顔でバイバイを言える日がくるまで。

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2012年3月 4日 (日)

持っちゃったぜ

とうとう新しい心理面接の先生に見抜かれてしまった。

年下だし、また以前の先生のように

一から関係を築くのに時間がかかるんだろうと思ってた。

アポイントの朝、起きると同時に行きたくないな

行くの辞める?と格闘してなんとか行く。

あれこれ、この二週間の流れを話すと

う~んと悩んだ後ポツリと言われた。

「まわりの人のことを考えて現状の人間関係を保とうとすると

病気を、苦しいんだけど治せないような

本来の自分を取り戻すと今の関係は

壊れてしまうと思いました。」

うん。あたり!

押し殺してきた自分を取り戻すと

確実に今の切っても切れない関係を

本当の意味で壊さないと前に進めないと感じてた。

それは戸籍上の人たち。

もう自分の居所どころではない次元。

あうあ~バレテるんだねえ。

その言葉にうろたえるのを隠しつつ時間を終えた。

そのあと、いつもの倍以上に動く自分。

翌日、相方に詰問。

「何にも出来なくて笑ってる自分と

テキパキ出来て機嫌の悪い自分どっちがいい?」

そこから怒とうの十年の流れを追う話。

自分の結論は「もう、ムリなんだ。」だった。

お互い行き詰った感じな中の電話。

そこからは自分の親との関係が浮き彫りになる展開に。

もう書ききれない展開で、

帰宅後、結局ふたりに振り回され

母といる疲労感はボーダーの義理妹と同じと気付き

父の統合失調の叔父への対応を先延ばしにしている事が

どれだけ周りに迷惑をかけるのか・・・。

もう終わりにしてほしい、開放してほしいと思うと

突発的に自分に刺身包丁を向けていた。

ほんとギブアップだ、きつい。

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2012年2月10日 (金)

感じるもの

底をはうような毎日。

実際、必要に迫られなければ外にも出ず

家に居ても最低限のことしかしてない。

あ、こんな感じの毎日あったなあと思うと

それは何度かのここ十年のどん底の時。

これといって大きなダメージを受ける出来事は無かったような

気もするんだけど、限界なんだろうね。

気を許すと死神のひとりごとな毎日。

きっと目はにごって澱んでると思う。

なにをしても感覚はほんの一瞬。

どんどん抜け落ちていく感じ。

こんなんだから溜まってた些細な何それ?なガッカリが

もう駄目だこの人、有り得ないなんなの?な失望になってた。

すれ違う思いが自分の許容を狭めてる。

そのことが口をついて出てしまうくらいだから

他人にも「それって、嫌いな人に思う言葉じゃない?

前はそんなんじゃなかったやん。ちゃんと伝えた方がいいよ。」

なんて助言まで。

タイムリミットのぎりぎりで行きたくないを封じ込め

なんとかやり取りをするも、やっぱりムリだった。

でも、困ることはちゃんと伝えたけど

反応は「はああ。」と解せない返答だった。

まあ、友達ではないんだから(未だに友達と知人が曖昧なんだけど)

こういう人ねとビジネスで対応すればいいだけなんだろうけど。

帰りの車では久しぶりに椎名林檎の作った雨傘を聴いてみた。

「待って、鼻を利かせなよ

五感があるだろう?

何より頼ればいいのに。」

感じて自分に問うてみる。

どうしたいんだ?

分からない?

前の心理面接の先生が言ってたよな。

「頭で考えるんじゃなくて、気持ちがどうだったか感じなさい。

YESなのかNOなのか。それだけでいいのよ。

そこをもっと自分を感じればいいのよ。」

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2012年1月20日 (金)

虚無がまとわりつく

昨日は心理面接と主治医の診察。

ものごころ付いてからのあるカテゴリーとの

関係を絶った。

今まで友人だった人が私が離れると

もう友人ではなくなっていた。

携帯にあった名前も片っ端から消した。

もう誰もいないんだ。

ここ四年の新しい関係はとっても有難い。

やっぱり私人とワイワイやるの好きだったなあ

とか、抜け落ちてしまったものを思い出す。

今いる場所は居心地いいし

何かを作っている時間は楽しい。

でも、感じる違和感。

自分に実感がない。

味わう余韻がない。

手帳に書き込むと、それで終わりな感じ。

振り返るとまだ一週間も経ってないのに

随分前のことに感じる。

なんとか抜け落ちたものを埋めようと

あがいてみるけどちっとも埋まらない。

やっぱりいつも自分は一人だと答えが出てる。

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2011年12月31日 (土)

こしくだけ

この年末になっても連絡は来ない。

来ないのが逆にコワイ。

で、ウチの母に探りを入れてみる。

「何かの病気で検査待ちだとか~

何の病気だったかしら?」

さすが!自分の事にしか関心のない人。

これは頼りにならないと夫くんにちゃんと実家に聞いてみることを勧める。

メールの返事は深刻だった。

まず、子宮筋腫の手術をする事になってたらしい。

血液検査でカリウムが低くて調べると

副腎に原因があると。

今検査待ちで副腎を手術するか来月分かるらしい。

なんか、深刻。

だったらウチは蚊帳の外だね。

この気持ちはなんだろう。

あなたたちどころじゃないのよってのが分かる。

もう、嫁いいや。

もしかして、嫁じゃなかったのかも。

自分だけ嫁に縛られてガンバッテたのが馬鹿みたい。

自分ひとりで空回り。

年始にちょこっと寄る予定になった。

夫は私がいると上がって話が長くなるから

会わないほうがいいんだって。

もう、全部メンドクサイ。

来年はどうなるんだろうね。

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2011年12月11日 (日)

ついに来たか

今年の忙殺スケジュールも終わり。

ゆっくりして年末年始かなあと思っていたところ

連ちゃんで怖い夢にうなされる。

年始にたぶん夫の実家に呼ばれることを怖がってるのか

次男夫婦が夢に出てきた。

とにかく覚えてるのはワンシーンなんだけど

ぞっとする話ばり。

なぜか義理妹が車椅子に座ってて

次男君が車椅子を押していた。

あれ?どうしたのかなあと足もとを見ると

両足首から下が無かった。

ええ!と思って見ていると

義理妹が車椅子から転げ落ちて、次男君に

「○○君~○○君~。」とすがって助けを求めていると

次男君が覇気のない顔で「大丈夫だよ。」と答えて。

怖い怖すぎる・・・。

リアルではないものの

二人の状況はまさにそんな状態で。

二人が良ければ、その関係性も誰も口出しは出来ないし。

というか、自分どんだけ恐怖に感じてるのか。

先生には「もう、実家に行かなくていいんじゃないの?」と言われ

確かに心穏やかに過ごすには

その決定が一番だとは思うんだけど。

でも、釈然としない自分のポジションに

生来の負けん気の強さがむくりと。

今はファイティングポーズな自分が

アドレナリンを出して自分の体力を逆に奪っていく感じ。

あああ。

げんなりだわ。

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