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2011年8月11日 (木)

だめだあ

今日の診察。

終わりは嗚咽で終わった。

日々感じる何処に居場所があるのか?な気持ち。

結局どこにもないのが分かって

なんだか理解できてなかった自分の父の気持ちを理解する。

父さんはこんな気持ちだったんだって。

ものごころついた頃には怖い父親像になってた。

でも母親が自分の拠り所だったわけでもない。

ふたりの不仲の駆け引きに使われてた実感は残ってる。

「植物は手をかけただけ応えてくれる。」

「おまえは都合のいい時だけ寄ってくる。こうもりだな。」

今でも鮮明に覚えてる。

なんで父さんはこんな怖い顔をするんだろう?って思った。

あまり気にも留めてなかった自分の赤ちゃんの頃の写真がないアルバム。

親に聞いても「どっかにあるんじゃない?」だった。

なんか愛されてない感はもうその頃形成されてたんだろうな。

自分の出生に疑問を持って真面目に聞くと

「橋の下で拾ってきた。」

なんてふたりで談笑する。

自分でもそうなんだろうなと思ったりもしてた。

もちろん、どう考えても今はこの家の子な風貌に疑問はなくなったけどね。

父が親の職業を継ぐこともできずドロップアウトして

親のいるところに戻ってきた気持ちは荒んでたと思う。

結局弟二人も継がなかったし継げなかったんだから割り切ればいいのに。

祖母の父親もその職業。

地元の偉人伝に載ってるのを祖母に見せてもらったこともあったよね。

なんか取り留めのない流れだけど

逃げれない縛りというとこは父と私は同じなのかも。

その枠組みの中でいることはもう無理。

だから生まれ育ったこの地を離れて

どっかで暮らしたいが今の気持ち。

というか、もうここでは生きていけない閉塞感から逃げたいだけかも。

眠剤が効いてる半意識の中夜な夜な何かを食べる自分。

今日先生に言われた言葉は

「無意識にそうしてるくらいの状況じゃないの。」

それが日常。

食べ物じゃないものまで食べてた虐待の報道。

それを可哀想なんて言葉で片付けられない。

終わりに出来てよかったね。

って心の中でつぶやいて、もう苦しまなくていいんだよって。

だめだ。

限界だなあ。

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