話さないと分からない
昨日の病院、結局自分の奥底にあるものを話した。
気持ちを封じ込めるのと
相手をだますのは違うと感じたから
自然に話してた。
先生には「話してくれないと分からない」って言われた。
そうだよねえ。
子供の頃から思ってたこと。
だれにも自分の本心は話さない。
それは鎧だったのかもしれないけど。
今、自死を選ばないけど
病死は願ってもないチャンス
それを心待ちにしてるって話した。
先生との四年以上にわたる面接。
やっぱり日々をつなげてるのも先生のおかげ。
だから本心を話した。
自分は本当の大事な気持ちを話すのは
気持ちがあふれ出した時だけなのかも。
自分ひとりではどうしようもなくなって。
今回も覚悟したらある部分は穏やかな毎日だった。
「やっと本当の自分に帰れる」なんてセリフ噛みしめてたし。
解放に向かってるって思ってた。
でも、どこか違和感もあった。
だからかな話したの。
でも一番は申し訳ないだった。
まだ人のことが先。
先生たちに申し訳ないって。
自分がどうしたいかも分からないし
過ぎた時間も待ってる時間も遠くて。
空っぽの毎日。
細切れの瞬間を生きてる。
診察の先生に病名を問い詰めてみた。
「病名は大事じゃないって」
まずはそこから受け入れること始めたいのに。
予想違い?それとも的中?
朝起きて湧く感情
終わりにしちゃえばいいのに。
それを回避するために寝る前のお薬増えた。
まあ、致し方ないけどね。
一週間後までまたつなぐ日々。


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